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青森県を代表する夏の祭り「ねぷた」は、古くは中国から伝わった「中元」の行事が起源といわれ、400年以上もの間、津軽地方を中心に受け継がれて来た火祭りです。その一角をなす五所川原市ねぷたは、現在「たちねぷた」と呼ばれている。この巨大ねぷたが、五所川原市の記録に登場するのは、明治40年頃といわれている。 |
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当時、県内にその名を轟かせた「布嘉」(ぬのか)などの豪商、大地主の力と象徴として、巨大ねぷたは高さを誇るようになり、約10〜12間(約18m〜21.6m)に及ぶようになった。その勇姿は、近隣の町村からも見えたと言われるほど巨大なものだった。この頃のねぷたの題材は、中国の三国志や日本の歌舞伎などの歴史上の人物が多かったと言われている。 |
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大正時代になり電気が普及し、ねぷたは小型化の一途をたどった。また、戦後に起きた2度の大火で街が全焼したことにより、設計図や写真が消失し、巨大ねぷたは姿を消した。
ところが、平成5年(1993)に当時の設計図と写真が発見され、翌平成6年(1994)には市民劇団「橇の音」(そりのね)により高さ7mのねぷたが復元された。その後平成8年(1996)に市民有志により「たちねぷた復元の会」が結成され、平成10年(1998)、80年ぶりに「五所川原立佞武多(たちねぷた)」が復活をなしとげた。 |