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文豪夏目漱石(1867〜1916)は、夏目小兵衛直克と千枝夫妻の五男三女の末子としてこの地に生まれた。夏目家は、牛込馬場下横町周辺の11ヶ町をまとめる名主で、その勢力は大きく、喜久井町の名は夏目家の家紋「井桁に菊」にちなみ、また夏目坂は直克が命名したものだという。
漱石は生後間もなく四谷の古道具屋に里子に出されたが、すぐに生家にもどり、2歳の11月に再び内藤新宿の名主塩原昌之助の養子となり、22歳のとき夏目家に復籍している。
なお、この地での幼少時代のことは大正4年に書かれた随筆「硝子戸の中」に詳述されている。また、この記念碑は昭和41年に漱石生誕百年を記念して建立されたもので、文字は漱石の弟子安倍能成の筆になる。 |
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