|
|
|
|
|
|
この建物は明治の文豪森鴎外と夏目漱石が時を隔てて借りた家であるが、当初は医学博士中島襄吉の新居として建てられたものである。
鴎外は明治23年(1890)から1年半ほどこの家に住み、「文づかひ」などの小説を書いた。約13年後、漱石は明治36年(1903)から約3年住み、「吾輩は猫である」を書いて文壇でその名を高めた。文中ではこの家の様子をよく描写している。
住宅としては玄関脇の張り出した和室(書斎)、台所から座敷への中廊下は住宅の近代化の先駆けとみることができる。
なお、漱石が住んでいた頃、書斎の東北隅に幅6尺・奥行3尺で西向きの押入があったことを示す痕跡が発見されたが、資料不足のあめ復元を行っていない。登録有形文化財。
旧所在地:東京都文京区駒込千駄木町
建設年 |
明治20年頃 |
解体年 |
昭和38年(1963) |
移築年 |
昭和39年(1964) |
建築面積 |
39.2坪 |
構造 |
木造平屋建 |
遺贈者 |
斎籐文根 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
住宅内部の様子。博物館明治村(愛知県犬山市)にて撮影する。 |
|
|
|