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知立の松並木 天皇行幸の推定地(東海道)  愛知県知立市
知立の松並木
知立の松並木 馬市の碑
 慶長9年(1604)江戸幕府は諸国に対し、五街道へ一里塚と並木を設置することを命じた。この知立(ちりゅう)の松並木は、幅7m、約500mにわたり凡そ170本の松が植えられている。側道を持つのが特徴で、この地で行われた馬市の馬をつなぐためとも推定されている。
 また、この松並木の西の地名を引馬野と呼び、大宝2年(702)持統天皇が三河行幸の際詠まれた歌「引馬野爾 仁保布榛原 入乱 衣爾保波勢多鼻能 知師爾 長忌寸奥麻呂」から、浜松市・宝飯郡御津町と共に天皇行幸の推定地とされている。 
馬市の跡
 池鯉鮒の馬市は古来、牛田〜八橋間の野原にあったとする言い伝えがある。その付近に”馬場池”と呼ぶ池があり、70年前頃まで子供達がよく遊びにいったとか。古代万葉集にも「引馬野」の歌があり、その頃から馬の市があったようである。
 江戸時代初期東海道が開け、池鯉鮒宿が設けられて、人々が町に集まってきたことから、慈眼寺を中心にした付近が選ばれ、時には東海道松並木両側にも空き地を設けて、収容し切れない馬をつないだともいわれている。
馬市句碑
かきつばた 名に八ッ橋のなつかしく
蝶つばめ 馬市たてしあととめて
俳人麦人は、和田英作を訪ねてこの地を訪れたことがある。
万葉の歌碑
引馬野に
 にほふはりはら
いりみだれ
 衣にほほせ たびのしるしに
この辺りの地名を引馬野といい、昔時より万葉集引馬野の跡と伝えられている。 
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