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姫街道は浜名湖の北側を通る街道で、新居関所を迂回するための道でもある。東海道の磐田市見付または浜松市から細江町、三ヶ日町の浜名湖の北岸を通り、本坂峠を経て豊橋市嵩山町から豊川市御油町に至るまでの街道で東海道の脇街道にあたる。
当時、東海道の脇往還としてきわめて重要な存在だった。宝永4年(1707年)の大地震で東海道が通行不能になり、臨時に姫街道が活用されたが、東海道が通行可能になってもこの街道の通行量は減らず、幕府は享保2年(1717年)、特別なこと以外は大名や旗本がこの街道を通ることを禁止した。
この街道は、女性(姫君)が多く通行したため姫街道と命名された。途中にヤブツバキの原生林がある。樹齢200年以上のものを含む約200本の椿が姫街道を包み込み、1月から2月にかけて真っ赤な花をつけ、冬の街道に彩りを添えている。
江戸時代、浜名湖は新居宿と舞坂宿(舞阪宿)を渡船でつないでいた。ある時、巨大な象を新居から舟で渡すことができず、姫街道を迂回した。あまりに険しい道だったので象が鳴いたという「象鳴き坂」や、引佐峠を登り下りするときに、岩に石を投げて無事を祈った「石投げ岩」などがある。 |
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