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吉岡大塚古墳は5世紀の中頃に築かれ、全長54.6m、後円部径41.3m、高さ7mの規模で、古墳群の中で3番目の大きさです。後円部の大きさに比べて前方部が短く、帆立貝に似た形状であることが特徴です。
墳丘は、平成19年(2007)から平成26年(2014)にかけて行った発掘調査の成果を基に、整備・復元した。
整備。復元は、県道から見える墳丘の南側においては、一部分に築造時の姿を復元し(葺石、埴輪を設置)、それ以外の部分では墳丘形状の復元に留めてている。
墳丘の北側部分は、古墳保護のため盛土、植栽を行い、現状のまま保存した。これにより、古墳築造時から現在に至る時間の経過を墳丘の北側と南側で比較して見学することができる。 |
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<葺石>
発掘調査の結果、後円部と前方部の斜面には、葺石(ふきいし)が施されていたことがわかった。葺石の最下段には基底石となる20〜30pの大きな石が並べられていた。また、後円部東側の上段部では、やや大きな石からなる縦方向の区画石列が確認された。区画内の葺石は、10〜20p大の小さな石を使用していた。
出土した葺石の石材鑑定を行ったところ、原野谷川(はらのやがわ)の河床礫で、ほとんどが砂岩であることがわかった。石は、丸みを帯びた形状のものを選別し、使用している。
葺石の復元は、実際に採取した原野谷川の石を使用した。ただし、東側の墳丘下段にある1区画については、築造後に崩れて原位置を留めていない石を再利用して復元している。
<埴輪>
設置した埴輪は、発掘調査で出土した円筒埴輪と朝顔型埴輪の破片から形状を復元した。 |
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復元完成前の景観(左画像)。円筒埴輪出土状況(北側くびれ部)(右画像) |
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古墳の憤頂部から周りの景観を撮る。
<和田岡古墳群>
春林院古墳(国指定) |
直径30m、高さ5m |
行人塚古墳(国指定) |
全長43.7m、後円部直径25.4m、後円部高さ不明 |
瓢塚古墳(国指定) |
全長63.0m、後円部直径37.8m、後円部高さ5.0m |
各和金塚古墳(国指定) |
全長66.4m、後円部直径51.2m、後円部高さ6.5m |
東登口古墳群(市指定) |
10m前後の方墳2基、円墳3基で構成 |
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