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間宮林蔵は安永9年(1870、一説安永4年)常陸国(茨城県)筑波郡上平柳村生まれ、天保15(1844)年に深川蛤町の家で没した。名は倫栄(ともむね)といい、伊能忠敬に測量を学び、寛政12(1800)年に幕府の蝦夷地御用雇となり蝦夷(北海道)をはじめとする北地探検と測量に従事した。
文化5(1808)年、幕命により松田伝十郎とともに樺太(サハリン)を探検した林蔵は翌年7月2日単身樺太からシベリアへ渡って沿海州に入り、黒竜江(アム−ル川)をさかのぼりデレンに達した。この15ヶ月間におよぶ探検で樺太が島であることが明らかになった。
林蔵は後に間宮海峡と命名される海峡を欧州人にさきがけて発見したことにより、地理学者、探検家として世界的に有名となった。(江東区教育委員会の説明板より引用) |
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