|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
放光山と号する真言宗の寺である。寺伝によれば、建保5年(1217)に上賀茂神社の神主、賀茂能久が「霊光の照らした地に一宇を建立せよ」との神託を受け、当寺を創建したと伝えられている。寺名はこの由緒に因み、神光院と名付けられた。以後、密教の道場として栄えたが、天保年間(1830〜43)に災火により堂宇を焼失した。明治11年(1878)和田月心により再興され、以後書院等が整備され、現在に至っている。
本堂に安置する弘法大師像は、大師が自ら刻んだものと伝え、「厄除大師」の名で知られている。
寺宝としては、仏眼曼荼羅図(重要文化財)などの貴重な文化財を蔵している。また、境内の茶室は、幕末の歌人太田垣蓮月尼が晩年隠棲していたところとして知られている。 |
|
|
|