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祭神は乃木希典命。相殿に乃木静子命を祀る。乃木希典は長州萩藩士の子として生まれ、明治45年=大正元年(1913)、明治天皇御大葬当日、静子夫人とともに自宅で自刃した。
東京市長の阪谷芳郎は中央乃木会を結成し、1923年乃木邸の隣地に社殿が創建された。明治天皇の死に殉じて自ら死んだが、明治政府の主な軍人で他に殉死した者はいない。 |
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秋も半ば過ぎに訪れる。小雨降る中、静寂そのものの乃木神社であった。
<乃木希典>(のぎまれすけ)
嘉永2年(1849)、長州藩江戸藩邸に生まれる。戊辰戦争に従軍、明治19年(1886)ドイツに留学し、軍政、陸戦を学び、日清戦争では歩兵第一旅団長として活躍した。日露戦争においては第三軍を指揮し三度の総攻撃により難攻不落の旅順要塞を陥落させ、また、その後は奉天の会戦に参じ、その勝利に大きく貢献した。軍事参議官を経て学習院長に就任、大正元年(1912)9月、明治天皇の大喪の儀の当日、赤坂の自邸において殉死、静子夫人も殉じた。 |
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