今のわかき人々
われにな問ひそ今の世と
また來る時代の藝術を。
われは明治の兒ならずや。
その文化歴史となりて葬られし時
わが青春の夢もまた消えたり。
團菊はしおれて櫻癡はちりき。
一葉落ちて紅葉はかれ
緑雨の聲も亦絶えり。
圓朝も去れり紫蝶も去れり。
わが感激の泉とくに枯れたり。
われは明治の兒なりけり。
或年大地俄にゆらめき
火は都を燬きぬ
柳村先生既になく
鴎外漁史も亦姿をかくしぬ。
江戸文化の名残烟となりぬ。
明治の文化また灰となりぬ。
今の世のわかき人々
我にな語りそ今の世と
また來む時代の藝術を。
くもりし眼鏡ふくとても
われ今何を見得るべき。
われ明治の兒ならずや。
去りし明治の兒ならずや。 |
震災 偏奇館吟草より
明治、大正、昭和三代にわたり詩人・小説
家・文明評論家として荷風永井壯吉が日本
藝林に遺した業績は個人歿後益々光を加へ
その高風亦やうやく弘く世人の仰ぐところ
となった。谷崎潤一郎を初めとする吾等後
輩四十二人故人追慕の情に堪えず故人が生
前「娼妓の墓亂れ倒れ」 (故人の昭和十二
年六月二十二日の日記中の言葉)てゐるの
を悦んで瘻々、杖を曳いたこの境内を選び故
人ゆかりの品を埋めて荷風碑を建てた
荷風死去四周年の命日
昭和三十八年四月三十日
荷風碑建立委員會
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