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臨済宗南禅寺派の大本山で、正式には瑞龍山太平興国南禅禅寺という。正応4年(1291)亀山上皇の離宮を大明国師(無関普門)に賜り禅林禅寺としたのに始まり、足利義満の時、五山制度の中で五山を超える「五山之上」と言う禅宗寺院最高の寺格を賜り、五山文化の中心に在った。応仁の乱以降は衰退したが、江戸初期に崇伝が金地院を移入して再興をはたし、多くの文化財を今に伝えている。
歌舞伎の中で石川五右衛門が「絶景かな絶景かな」と大見得を切る舞台で有名になった三門(重要文化財)は、5間3戸2階、高さ22m、二重門の規模で左右に山廊をもち、禅宗(唐)様からなる三門正規の形式の雄大な建築で有名である。現在の三門は、寛永5年(1628年)に伊賀藩主、藤堂高虎が大阪夏の陣に戦没した藩士の霊を弔うために建立寄進したものある。楼上には大仏師左京の作による釈迦像、十六羅漢像が安置されている。
三門の後方に建っている伽藍が法堂(はっとう)。豊臣秀頼が寄進したのだが焼失し、明治42年に再建された。内部には釈迦如来像、文殊菩薩、普賢菩薩の三体がまつられている。 |
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晩秋に近い頃、再び訪れる。南禅寺山門から哲学の道方面へ歩く。陽に映える木々が鮮やかだ。木々の間に見え隠れする山門もまたいいなと思う。
方丈(国宝)は大方丈(清涼殿)と小方丈から成り、内部の障壁画の多くは重要文化財に指定されている。小方丈には狩野探幽の筆といわれる「群虎図」(重要文化財)があり、「虎の間」と呼ばれている。境内の南東には、琵琶湖疎水の流れる煉瓦造の水道橋「水路閣」が美しく佇(たたず)んでいる。 |
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大方丈の前庭は小堀遠州の作とされる代表的な枯山水庭園で、「虎の子渡し」として有名である。 |