山号を音羽山、御本尊は千手観音、開基は延鎮上人である。宗派はもと法相宗だったが現在は独立して北法相宗大本山となっている。
清水寺は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に基づき、「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産リストに登録された。このことは、人類全体の利益のために保護する価値のある文化遺産として、とくに優れた普遍的価値をもっていることを国際的に認められたことになる。
清水寺は、『清水寺縁起』によると、宝亀9年(778)に僧延鎮が音羽の滝上に観音を祀ったことに始まり、延暦17年(798)には坂上田村麻呂が仏殿を建立して桓武天皇の勅願寺となったと伝える。創建後何度も火災によって焼失したが、その都度再建され、現在は西門・三重塔・経堂・田村堂・轟門・朝倉堂・本堂・阿弥陀堂が東西に並び、そのほか周囲に仁王門・馬駐・鐘楼・北総門・釈迦堂・奥の院・子安塔・鎮守堂(春日社)、そして鎮守社の地主神社社殿が建っている。大半の建物は17世紀前半に再建されたものだが、こうした景観は13世紀には成立していた。
伽藍の中心となる本堂は寛永10年(1633)に再建された懸造の建物で、いわゆる「清水の舞台」として知られ、林立する高い束柱に貫を縦横に通して豪快な姿をみせている。また、仏堂である石敷の内陣と礼堂である板敷の外陣からなる本体に裳階、正面庇、翼廊、舞台がつくという平面や、その全体に寄棟造・檜皮葺の大屋根をかける架構は、平安時代からの形を受け継ぐものです。
これらの建造物のほか、境内の東寄りには江戸時代初期の借景の技法を用いた成就院庭園が設けられている。なお、これらの周囲に広がる自然景観もみごとです。 |