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旧くより、山号、慈円山の慈を外し、円山(えんざん)として親しまれ公園の名称のもとになった。時宗に属する。
延暦年間(782〜806)最澄(伝教大師)が開創したと伝え、法然・親鸞両上人念仏発祥の地・吉水(よしみず)草庵として有名である。のち、建久年間(1190〜1199)に至って慈鎮(じちん)(慈円・関白九条兼実の弟)が中興し、安養寺と称した。その後、次第に衰微したが、至徳年間(1384〜1387)には国阿(こくあ)上人によって再興され、以後、時宗に改まった。 境内には、もと六阿弥坊があって、いずれも林泉の美と眺望に富む楼閣を構え、遊客に席を供して風流行楽の域となった。しかし、明治維新の際に六坊は廃寺され、また火災にあうなど次第に衰微し、今は門内境内に阿弥陀堂・書院を、飛地の境内(ここから約50メートル南へ下る)には弁天堂、慈鎮和尚多宝塔を残すだけである。
弁天堂は、慈鎮が叡山から勧請(かんじょう)したものといい、技芸上達の祈願の信仰が厚い。弁天堂の東北隅にある慈鎮和尚多宝塔は、塔身正面に扉を開き、多宝、釈迦二仏が並座する鎌倉時代初期の逸品(重要文化財)である。 |
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