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神蔵寺のHPによれば寺の縁起は以下の通りです。
神蔵寺は延暦9年(810)、恒武天皇代に伝教大師最澄が比叡山寺(延暦寺根本中堂)を建立当時、大師が当国に来て建立し、朝日山神蔵寺と号して薬師如来を安置し、天台宗の一大道場とした。
この間、源氏の崇拝篤く大いに栄えていたが、源頼政、平家討伐の兵を挙げるに際して神蔵寺の僧兵は三井寺(園城寺)の僧兵と合して挙兵した。頼政は敗れ、寺領は没収され仏像のみが残った。
嘉禎元年(1235)、天台宗の達玄僧都が再興を計り、当国無双の名刹に復元した。それ以前は女人結界の道場であったが、以降それを免じて男女道俗袖を連ねる所となった。
その後、天正3年(1575)、明智光秀の兵火にかかり焼失したが、延宝7年(1679)、臨済宗妙心寺派の僧、高隠玄厚禅師を講じて再興されて現在に至る。
西国薬師霊場第四十三番札所。通称・佐伯薬師(佐伯のお薬師さん)、稗田野(ひえだの)薬師として親しまれている。 |
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