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披雲閣の垣根 高松城   香川県高松市
高松城・披雲閣の垣根
高松城・披雲閣の垣根 高松城・披雲閣の垣根
 高松城内の被雲閣の垣根。一見すると銀閣寺垣見たいに見えるが、垣根の上部に窓のように向こうが見える造りになっている。銀閣寺垣の変化形なのでしょうか。
高松城・披雲閣の垣根
 松明垣
高松城・披雲閣の垣根
 銀閣寺垣。
高松城・披雲閣
披雲閣>(旧松平家高松別邸) 重要文化財
 松平藩時代にも、この地に披雲閣(ひうんかく)と呼ばれる広大な建物(現在の披雲閣の約2倍)があり、藩の政庁および藩主の住居として使われていたが、明治時代に老朽化のため取り壊された。
 その後、松平家 第12代当主で貴族院 議長も務められた松平頼壽氏により、3年の歳月と当時のお金で15万余円の巨費を投じて現在の披雲閣が大正6年(1917)に完成した。この豪壮な和風建物には142畳敷の大書院をはじめ、穂の間・蘇鉄 の間などの雅趣を生かした各部屋があり、波の間には昭和天皇 、皇后両陛下がご宿泊になられたこともある。
 昭和29年(1854)に城跡とともに高松市に譲渡されて、現在は会議・茶会 ・生花展などの会場として利用され、広く市民に親しまれている。
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