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敷地に広がる建築群は居宅と北蔵と南蔵から構成されており、柳町に面して建つ北蔵は妻入りの二階建て、裏十間川に面して建つ南蔵は妻入りの三階建てで、三階建ての土蔵として貴重なものである。
寛政年間から藩より命を受け、初代森永十助が煙草の製造を始めたと伝えられている。明治になり、森永作平によって製造された「富士の煙」は、当時東京で有名だった「天狗」より香りが良いと評判を呼び、大隈重信も愛煙したと言われている。煙草専売化に伴い呉服店へと転じ、昭和9年(1934)まで呉服店を営んでいた。
現在は、紅茶専門店と鍋島緞通の工房が入っている。 |
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