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<舎心山 常住院 太龍寺>(たいりゅうじ)
四国霊場21番札所太龍寺は徳島県那賀郡那賀町の東北にそびえる海抜600m余りの太龍寺山の山頂近くに在り、古来より「西の高野」と呼ばれ四国八十八ケ所中の白眉の名刹です。太龍寺が日本の歴史に初見するのは、空海24歳のときの処女作である三教指帰の中に「阿国太龍の嶽にのぼりよじ土州室戸の崎に勤念す谷響を惜しまず明星来影す」とあり修行の地名が明記されているのはこの太龍寺と室戸岬だけである。
太龍寺舎心嶽は793年、19歳の空海が百日間にわたり虚空蔵求聞持法という苦行を修され、空海という名の「空」を思いつかれた太龍寺において最も神聖な霊域です。
西の高野山として1200年もの間輝かしい法灯とともに霊場らしい雰囲気を維持しながら深く信仰されている。
「ありがたや 舎心ケ嶽の 岩山に 大師は今に おわしまします」
本尊 |
虚空蔵菩薩 |
真言 |
のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか |
宗派 |
高野山真言宗 |
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<本尊 虚空藏菩薩>
無限に広がる大空の蔵より、私たち衆生に福・徳・智恵をお授けになられる仏様で、丑年寅年生まれの方の一代守り本尊です。
また、私たちが最初に迎える厄年(かぞえ十三歳)に健康と学徳向上を授かる『智恵もらい』(十三まいり)の功能、御利益は絶大である。弘法大師御開創以来、幾度の落雷失火により焼失したが、現在の建物は嘉永5年(1853)藩主蜂須賀氏により再建され、平成3年(1991)に大修理を行った。
御閣扉 一月十二日
本堂・御廟の橋・拝殿・御廟と高野山奥の院と同じ配列である事より、”西の高野山”と呼ばれる所以のひとつです。前殿の彫刻は中国文化への憧景からか司馬温公の幼年の逸話”竹林の七賢人”等が彫られている。明治11年(1878)
再建 |
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大師堂 |
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<多宝塔>
本尊虚空蔵菩薩が持つ五つの功徳を五尊に配した五大虚空蔵菩薩を祀る 天変怪異を鎮め、災いを除き、福寿を祈る尊である。文久元年(1861) |
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小善を積んで大師様に近づくのだ
向かい合う人をお大師様と思え
苦悩を背負う時こそ背筋を伸ばせ |
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参拝には、麓からロープウェイに乗って向かう。 |