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千年の歴史を持つ常滑焼は、日本六古窯(瀬戸、信楽、越前、丹波、備前、常滑)の一つで、中世常滑は、その中で最も大きな生産地だった。平安時代には既に日常生活に使われていた瓶や壺などが焼かれ「古常滑」と呼ばれている。
江戸時代末期には、鯉江方救が登窯を完成させ、その子鯉江方寿(常滑焼の陶祖)が土管の基礎を築き、また、常滑焼の代表とされる朱泥焼も始まった。
明治に入り、鉄道が開通し、大正時代にタイルの生産が軌道にのり、焼き物のまちとして確固たる地位を築いた。(説明文より)
やきもの散歩道を散策する。黒板塀の工場に出会う。 |
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現在は使われなくなった煙突をところどころで目にする。常滑を象徴する景観である。 |
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常滑といったら土管を思い出す。散歩道の至る所で、坂道や土手の斜面補強として使われている。こちらの方が常滑らしいのかな。
「やきもの散歩道」のエリア全体が、一昔前に戻ってしまったような錯覚におちいる。博物館の展示品みたいなものではなく、生活感覚のある生きている「やきもの散歩道」であった。 |