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この塔は岩松助左衛門が、設計した白州灯台を模したものです。岩松は、幕末から維新の変動期、己の名声のためでなくただ海難事故防止のため、小倉沖の響灘の難所、「白州」に灯台を建設するため一生を捧げた郷土の偉人です。
岩松は、灯台を建てようと私財を投じ義金を募って建設にかかったが、私設灯台禁止により政府の手ですすめられ、完成前に灯台を見る事なく亡くなった。
昭和38年(1963)、5市合併による北九州市誕生に合わせ、翁の遺徳を偲ぶと共に水難救助のため尽くした功績を後世の市民に伝えるためにこの地に建てられた。 |
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