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浅草伝法院通り商店街振興組合HPによる浅草伝法院通り商店街の歴史は次の通りである。
浅草伝法院通り商店街、元の名は伝法通り専門店会は仲見世商店会とオレンジ通り商店会とを結ぶ延長150メートルの商店街で、片側が伝法院に面しているところからこの名が付けられた。俗に「伝横」といわれる当会は、仲見世から公園六区興行街を抜け西浅草、合羽橋を真すぐに北上野から、両大師の陸橋を登って上野公園へ出る、いわば浅草通りに対する裏通り道として早くから賑わい、明治の中頃、すでに商店街を形づくっていた。それだけに「伝横」には商店会が生れたのは古く大正15年のことである。
戦後は、伝法院通り商店会と称えその後個性豊かな専門店が多いところからその特徴を活し大いにPRしようと、伝法院通り専門店会と改称した。平成5年には、商店街活性のため改組し、浅草伝法院通り商店街振興組合と改称した。 |
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江戸切子 |
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<青砥稿花紅彩画>(あおとぞうし はなの にしきえ)
河竹黙阿弥の代表作で通称『白浪五人男』は鼠小僧と並ぶほど有名な盗賊達を描いた歌舞伎の演目として親しまれてきた。主役は五人の大盗賊。用心棒となってこの通りを守っている。・日本駄右衛門・弁天小僧菊之助・南郷力丸・赤星十三郎・忠信利平
<河竹黙阿弥>
江戸時代幕末から明時にかけて大活躍した歌舞伎作家。黙阿弥は当時、この通りの一角に住んで作家活動を行っていた。生涯に約三百六十編もの作品を残し、現在でも多くの作品が演じられている。主な代表作は「三人吉三廓初買」「極付幡随長兵衛」一心太助でお馴染みの「芽出柳翠緑松前」など。 |
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<赤星十三郎>
元々は武家のお小姓。そのたたずまいは両性的で年若く美しい顔立ち。
「お馴染みの名台詞」
またその次に列なるは、以前は武家の中小姓、故主のために切取りも、鈍き刀の腰越や砥上ヶ原に身の錆を磨ぎなおしても抜き兼ねる、盗み心の深翠り、柳の都谷七郷、花水橋の切取りから、今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ヶ谷神興ヶ嶽、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、その名も赤星十三郎。
<地口行灯>(じぐちあんどん)
地口とは江戸時代に流行した言葉遊びで、駄洒落(だじゃれ)の一種です。これを絵画化したのが「地口絵」で、行灯に仕立てたのが「地口行灯」です。
伝法院通りの鎮護堂(おたぬきさん)では古くから縁日の時には数多く奉納され、にぎやかに飾られていたことに由来し、現在はこの通りに飾るようになった。 |
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夜の伝法院通り |