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金沢市を流れる犀川と浅野川は、犀川を男川とたとえられのに対して、浅野川は女川と称されている。浅野川は富山県境付近から流れ出し金沢の市街地を流れて金沢市湊で大野川に合流している。国道159号線の浅野川大橋は、大正11年(1922)に建造された三段アーチ橋で、国の登録有形文化財に登録されている。
<「浅の川暮色」> 五木寛之 (昭和46年(1971)6月)
森口は川に面したガラス戸を開けると、手すりに両肘をのせて、目の前の暗い並木の通りと、その向こうの浅野川の河面へ目をやった。川は光った銀色の網を打ったように小さな白い波を立てて流れており、対岸の古風な家並みが舞台の書割のように黒いシルエットで浮かびあがっている。附近の料亭で打っているらしい太鼓の響きが、風向きに応じて低くなったり高くなったりしながらかすかにきこえてきた。 |
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<瀧の白糸像>
「河は長く流れて向山の松風静に渡る処、天神橋の欄干に凭(もた)れて」と描かれたここ浅野川は、泉鏡花の出世作「義血侠血」の舞台である。瀧の白糸はその主人公で、秀麗の水芸人であった。 |
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浅野川沿いに見られる雪吊り。
<浅野川大橋詰火の見櫓>
金沢城下に火の見櫓が設けられたのは明暦3年(1657)のことと伝えられ、その役割を近代に継承したのがこの鉄骨造の櫓である。銘板により大正13年(1924)に建設されたことが明らかで、市内現存最古となる。もとの高さはおよそ23mであったが、昭和46年(1971)に上部が取り除かれ、下半部約10mが残された。
この櫓は藩政時代を引き継いで発展した伝統ある大都市の防災機能として長く市民の暮らしを見守ってきた。まさにわが国近代の歩みを誇る遺産である。 |
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主計町の川沿い。主計町茶屋街もあり、情緒ある景観が見られる。 |