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明治20年(1887)に磐梯山北側の小磐梯山が小規模な爆発を起こした。それによって引き起こされた土砂が川をせき止め、多くの湖沼が出来た。五色沼の誕生である。五色沼は、火山性の水質の影響や、植物・藻などにより、緑、赤、青などの様々な色を見せてくれる。
五色沼自然探索路「毘沙門沼−赤沼−みどろ沼−竜沼−弁天沼−るり沼−青沼−柳沼」に沿って歩く。
コバルトブルーというか青白い色といえばよいのか見る角度や時間、天候によって色が少し違って見える。 |
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るり沼から流れ出ている水である。 |
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<五色沼自然探索路> |
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<五色沼の水の色>
五色沼湖沼群は、美しい青色を基調にしてさらに幾つかの色が混ざり合い、それぞれに異なった微妙な色合いを見せてくれている。
五色沼の水には、アロフェンと呼ばれる鉱物質(アルミニウムの含水ケイ酸塩)の微粒子が大量に含まれており、これらが水中に入った太陽光を反射することで、あの美しい青色が見られる。また、沼の底や水草などに沈殿付着した酸化鉄により、赤褐色に見える部分もある。
このような五色沼湖沼群の神秘的な色合いは、様々な鉱物質を含んだ性質の異なる水系の水が混ざり合うことによって作り出されている。
<裏磐梯の噴火>(磐梯山噴火の状況)
磐梯山の噴火は、数万年前から幾度となく繰り返されてきた。明治21年(1888)の噴火は、溶岩がほとんど流れ出さない水蒸気爆発で、大規模な山体崩壊を伴うものだった。地下のマグマによって地下水が熱せられて生じた高圧の水蒸気が、小磐梯と呼ばれた峠を吹き飛ばし、同時に北側の山腹を大きく崩壊させたのがこのときの噴火といわれている。このような火山活動は、長く活動を休止している火山に起こることが多いそうです。
火口原にある銅沼から見た火口壁は、溶岩や火山砕推屑物の堆積層が重なり、磐梯山が形造られた様子がよく観察できる。今でも火口壁の一部からは噴気が立ち上り、急峻な壁面は年々崩壊が進み、少しづつ形を変えている。 |
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