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松原橋を東に進むと大和大路通に出る。少し北に進み東に折れ、八坂通に入る。建仁寺の南側である。八坂通の中心は何と言っても八坂の塔である。八坂の塔がやや遠景に見えるところで写生をしている人に出会う。
<宝観寺・八坂の塔>
霊応山と号し、臨済宗建仁寺派に属する。寺伝によれば、聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げにより建立し、往時は延喜式七ヶ寺のひとつに数えられ隆盛を極めたが、現在は八坂塔(五重塔)と太子堂・薬師堂の二宇を残すのみである。
八坂塔は本瓦葺五層、方6m、高さ46mの純然たる和洋建築で、白鳳時代の建築様式を今に伝えるものである。創建以来たびたび災火により焼失したが、その都度再建され、現在の塔は永享12年(1440)に足利義教によって再興されたものである。塔内には本尊五智如来像五体(大日、釈迦、阿しゅく、宝生、弥陀)を安置し、須弥壇(しゅみだん)の下には古い松香石製の大きい中心礎石があり、中央には舎利器を納めた三重の凹孔が残っている。
寺宝としては塔を中心に当時の社寺を描いた紙本著色八坂塔絵図のほか、足利義教画像、宝観雑記など貴重な文化財を蔵している。 |
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建仁寺の塔頭の一つである禅居庵は摩利支天を祀っている。
<摩利支天>
〜七頭の猪に座す開運と勝利の神〜
この寺は臨済宗建仁寺派の塔頭で禅居庵(ぜんきょあん)と申す。禅宗寺院では境内に、本堂の本尊とは別に鎮守を祀る。毘沙門天、弁財天、大黒天など、天部と言われるこれらの他にも、蛇枳尼天(だきに)(稲荷)や、天神さんなどを祀る寺院もある。天災地変・火災盗難などから境内・諸堂を護り、仏法益々の興隆を願うのです。天部とは古代インドのバラモン教の神々が仏教に取り入れられ、仏教の守護神、護法神となったものを総称したものです。摩利支天もこの一つになる。
摩利支天の語源はサンスクリット語で、陽炎(かげろう)を意味するマリーチの音を漢字に写したものです。またそのルーツは威光、陽炎が神格化した古代インドの女神マーリーチで、創造神プラフマー(梵天)の子と言われている。
「仏説摩利支天経」によると、「天女あり、摩利支と名づく。大いに神通自在の力をもつ。常に日月天の前を行く。日天・月天は彼を見ること能わず。彼は能く日を見る。人の見る能う無く、人の知る能う無し。人の捉える能う無く、人の縛る能う無し。人の害する能う無く、人の欺き誑(たぶら)かす能う無し。人の其の財物を債る能う無く……」などとあり、また「若し彼の摩利支天の名を知りて常に憶(おも)い念者あれば、彼の人亦(また)、見られるべからずして知られるべからず……」と、その人は摩利支天と同様の功績が得られると書かれている。
このように陽炎には実体が無いので、捉えられて傷つけられることが無い。害されることが無いところから戦国の武将の間にこの摩利支天信仰が広がったようです。他にも楠木正成や前田利家は兜の中に摩利支天の小像を入れて出陣したと言われている。 |
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禅居庵を過ぎるとすぐ建仁寺の勅使門が見える。民家かお茶屋か店なのかわからないが、目にとまる建物が続く。 |
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更に見応えのある建物が続く。家の造りや店の玄関の飾りなど人目を惹くものが多い。思わず立ち止まる。 |
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東大路通を渡る。道幅が狭くなる。通の先に八坂の塔がやや大きく見えてくる。観光客用の人力車も通っている。 |
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八坂の塔の近くに庚申堂がある。この庚申堂は日本三庚申の一つでお堂は延宝6年(1678)に再建されている。日本三庚申は、金剛寺八坂庚申堂(京都市)、四天王寺庚申堂(大阪市)、東京入谷庚申堂〈現存せず〉(東京都台東区)をさす。病の平癒祈願の賓頭盧(びんずる)には多くのくくり猿が吊されている。
<八坂庚申堂>
庚申さんは、いい人が大好きです。だからいい人にはご利益を与える。庚申さんは悪い人が大嫌いです。だから悪い人には罰を与える。庚申さんの願いは、みんながいい人になることです。だからみんなが悪い心を起こさないようにこわい顔をしている。庚申さんは、いい人になろうとする人を全力で応援します。 |
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目の前に八坂の塔が迫ってくるように建っている。ここで見上げると八坂の塔は大きい。八坂通を振り返って見ると石畳の坂道がゆるやかに続いている。 |
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真夏に訪れる。猛暑の昼下がり。八坂庚申堂で願掛けやお礼参りに「くくり猿」を作って奉納する。そこで、八坂塔の下商店会の皆様方が五匹のくくり猿を作ってご縁猿(五猿)と名付け、お客様とよい御縁ができるように、また、一番大きいのはお父さん、二番目はお母さん、三番目からは子供さんというように家族身代わりと厄除け、お客さんのご多幸を庚申さんにお願いしている。
次(下)の画像は、11月下旬の景観です。 |
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11月下旬に八坂通を訪れる。もう何回目になるのだろうか。11月下旬といってもこの日は温かく、冬支度では汗ばむような気候である。観光客の舞妓・芸妓体験の姿、本物の舞妓・芸妓さんの姿を見る。 |
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年も押し迫った日の夜、八坂通を歩く。寝静まるような時刻ではないのに人一人いない。自分の靴音のみしか聞こえない静寂さである。 |