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小川通から烏丸通までの短い通りで、無車小路通とも呼ばれる。通りに掲げられている町の表示に西無車小路町とあった。小川通から東に向かって烏丸通まで歩く。茶道家元の武者小路千家、千家十職の中村宗哲の屋敷がある。 |
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武者小路通の中心的な官休庵がある。官休庵の名前の由来は、仕官を休むという意味だそうである。
<官休庵庭園>
官休庵は三千家の一つ、武者小路千家の祖、一翁宗守が寛文7年(1667)に讃岐(香川県)高松藩松平家の茶堂を辞し、官を退いたときに建てたと伝えられる茶室である。創立後3度の火災に遭ったが、そのつど再建され、明治14年(1881)にほぼ現在見られる姿となった。
敷地内には官休庵の他に半宝庵、環翠園、祖堂、弘道庵などの茶座敷があり、様々な方法で利用されている。
露地は飛石やつくばいを巧みに配置し、各茶座敷をつなぐとともに、茶座敷からの鑑賞にも対応する造りとなっている。
また内露地と外露地を結ぶ「編笠門」と、この門の雨落の仕切に並べてある池田炭は、斬新なアイディアで、本庭園の中でも特に著名なものである。本庭園は、創設以来の伝統的な手法と、斬新なデザインを合わせ持つ点で貴重なものである。 |
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落ち着いた通りで、生け垣沿いに風情ある町家が建つ。 |
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狭い小路だが、道の脇にはお地蔵さんが祀られている。上の祠は乾向(いぬいむき)地蔵尊である。 |
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武者小路通は500mぐらいなのであっという間に烏丸通に出てしまう。茶道・千家に代表される通であった。 |