祇園祭・宵山A |
京都三大祭 京都市
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<祇園祭の由来>
祇園祭は、京都の東に位置し、千百年余の伝統を有する八坂神社の祭礼です。京都三大祭に数えらている。三大祭は、葵祭(上賀茂神社・下鴨神社)、時代祭(平安神宮)とこの祇園祭である。また、日本三大祭(東京・神田祭、大阪・天神祭、京都・祇園祭)の一つにも数えられてもいる。
祇園祭は、7月を通じて行われる長い祭りで、どれが祇園祭であるかと問われてもどれも祇園祭を構成している。その中でも山鉾巡行や宵山がよく知れれており、報道の機会も多い。
この祇園祭は、貞観11年(869)に疫病が流行し、この疫病を祈祷によって疫病神の祟りをはらわんとしたことが起源とされる。このことが祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)、略して祇園会(ぎおんえ)と呼ばれている。それ以後、応仁の乱などにより一時の中断を除き毎年続けられてきた。実に千年以上の歴史を重ねてきており、日本の宝のような祭りである。 |
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祇園祭は、7月1日の吉符人に始まり、7月17日の山鉾巡行を中心に約1ヵ月にわたる多くの行事が行われる。なかでも「宵山」(13〜16日)は駒形提灯に灯が入り、鉾や曳山(ひきやま)では、祇園囃子が奏でられる。
また、山鉾町の飾り席には、御神体の人形や豪華な装飾品の数々が飾られ、民家でも秘蔵の屏風などを飾り、祭り気分を一層盛り上げている。 |
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祇園囃子(ぎおんばやし)が流れてくる宵山の街を散策する。町家の内部公開や商店などの大小様々な飾りなど興味深いものがつづく。 |
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<祇園囃子>
鉾の上で囃される”コンチキチン”の祇園囃子は、能楽の影響を色濃く受け、室町時代の末には成立し、江戸時代には今日のようになっている。楽器は、鉦(かね)、太鼓、笛に限られ、幼少の頃から鉦方(かねかた)の稽古をはじめ、成人して太鼓方や笛方になるのが普通です。鉦方8名、太鼓方2名が基本だが、巡行の時は交替要員を入れて約40名が鉾に乗り込んでいる。曲目は30曲余りあり、それぞれの山鉾独自のものといわれる。(説明文の一部は、祇園祭山鉾参観案内書より引用) |
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